織田信長の大号令・天下布武

天下布武とは織田信長が発行した印であり、七徳の武を持った者こそが天下を平定するに相応しいと宣言する意味を持つ刻印である。

これは「春秋左氏伝」出典の言葉であり、
七徳の武とは、
【暴を禁じ、
戦をやめ、
大を保ち、
功を定め、
民を安んじ、
衆を和し、
財を豊かにする、】
という七つの徳を宣言したもです。

そして織田信長はこの天下布武という刻印を発行することで天下に名と目的を知らしめることになる。

この言葉『七徳の武』は周の武王が使っていたもの言われている。
また天下の範囲とは使われていた当時は日本であり、世界である思われていた。

織田信長は岐阜城を主城にしてからはっきりと天下布武の刻印を出し、
日本全体に天下統一を宣言するような表面的声明を出した。

一方他の大名は天下布武に対し、
どう思っていたか定かではないが当時の天皇皇后から織田信長に対して2国を平定したことから文書を受け取り、それに織田信長は返答した。
このような背景から織田信長は美濃を攻略し、天下布武を発行したあたりから強く天下統一を意識し始めたのではないかと考えられる。
この天下布武後には浅井長政と同盟を結び、京への上洛道の確保にも動きだし天下布武を実現しようと行動しはじめる。

 

 

天下布武の意味

天下布武の内容である7つの武について意味を掲載します。

 

  • 暴を禁じ→暴力を禁じる
  • 戦をやめ→戦を辞める
  • 大を保ち→政権を保ち続ける
  • 功を定め→功績を一定に正しく評価する
  • 民を安んじ→民衆に気を配り動く又は働く【当時の民とは百姓のこと】
  • 衆を和し→衆が争わないようにまとめる。【衆は現在の組合などの意味】
  • 財を豊かにする→財政を豊かにする

天下布武の7つの武には上記の意味があり、天下布武を持って織田家が戦国時代を天下統一するという意味もあると考えられています。

織田信長は岐阜城を主城に天下布武を唱えた当時、楽市楽座などの政策も積極的に行い自国を治めて上洛を目指すことになります。

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