織田信長 長篠の戦い前哨戦【長篠城の戦い】

長篠・設楽ヶ原の戦い前に
武田軍は、
徳川家の長篠城に攻め入り、善戦したが兵糧庫を燃やされたことで岡崎城に援軍を要請する。
岡崎城の徳川家康は織田信長に援軍を要請をしており、
織田家は3万の軍勢を揃えていた。

 

長篠城からの使者(鳥居強右衛門)は
岡崎城に援軍を要請するために
深夜武田の軍勢に包囲された長篠城を脱出し、岡崎城に到着した。
長篠城までは約65kmの距離で有りながら鳥居強右衛門は援軍が来ることを知り
早く長篠城で善戦する味方にこの情報を伝えようと長篠城へまた帰還することを決意する。

鳥居強右衛門は長篠城から見える
雁峰山から烽火を焚き長篠城に合図を送る。
さらに情報を伝えようと長篠城に入城するため長篠城に近づくがこれが仇となり、
武田家に捉えられてしまう。

鳥居強右衛門は捉えられた武田家の主将である武田勝頼から協力すれば
その後家臣に取り上げ、厚遇すると約束される。
その代わりに長篠城にいる徳川家の軍勢に対して

『援軍は来ない』

と伝えることを支持した。

鳥居強右衛門は捉えられた時点で死を覚悟していたのか武田勝頼からの命令を承諾する。

長篠城を救った鳥居強右衛門

武田家の軍勢が援軍が来ないことを
鳥居強右衛門に伝えさせるため長篠城の西岸に行かせた。
そこで鳥居強右衛門は城内に向かって
『あと二、三日のうちに織田・徳川の援軍が来る。それまでの辛抱である』と
武田勝頼との約束を裏切り長篠城の軍勢に真実を伝える。
この裏切りを知った武田勝頼は激怒し、鳥居強右衛門は磔(はりつけ)にされ

処刑された。

この鳥居強右衛門の報告により長篠城を守る徳川家の軍勢は大いに士気を上げ援軍が来るまで
長篠城を守り抜いた。

 

長篠の戦い前哨戦 長篠城の戦いまとめ

  • 徳川軍は武田軍に前線したが兵糧庫を燃やされピンチに陥った。
  • 織田信長は長篠城の戦い前には援軍として3万を用意していた。
  • 長篠城を救うために鳥居強右衛門は武田勝頼を裏切った
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